MENU

エロガンジャ先生



※この小説は現在放送されているアニメとは何の関係もない文章で、また犯罪行為を助長するものではありません。大麻はやめましょう。

エロガンジャ先生

 ──どう、兄さん。とっても、とっても、きもち良いでしょう?
 その整った美貌を白濁とした煙の中に隠した妹──葉霧が俺に問いかける。
 俺の意識は既にこの煙のように濁っていて、意識の中枢でどうにか声だけを拾う。視界に映るのは妖しく揺れる彼女の銀髪。
 ──これから毎日、きもちよくなるよ。もっと、もっとね。
 葉霧が小さな口に似合わない大きなジョイントを口から離し、俺の耳元でゆっくり囁く。煙混じりの妹の声が鼓膜を刺激し、それから互いの存在を確かめるように唇を重ねた。
 初めての妹とのキスは、甘い甘い女の子の味なんかじゃなくて邪悪な草の匂いだけが広がった。

 

 

 両親が亡くなった時は、涙を流す暇が無い程に忙しかった。
 忙しくやってくる顔と名前の一致しない親戚たちを相手し、彼らの無感情な慰めを聞き流して、気づいたら数週間経って葬儀が終わっていた。
 漸く落ち着いた頃、がらんどうになった我が家のリビングに俺の嗚咽だけが虚しく響いた。妹、葉霧はこの頃にはもう部屋にこもりきりで、兄である俺と顔を合わせる事は全く無い。こうして血の繋がった唯一の家族は、無骨なドアの向こうに居る見えない住人だけとなった。
 

 両親が亡くなったという重い設定を背負ったとは言え、現実は非情なもので同情だけで暮らせない。葬式から数ヶ月過ぎた今では精神も持ち直し、それなりに普通の高校生をやれていた。
 心配なのは葉霧の事で、学校にも通わない彼女が毎日ドアの向こうで何をしているのか想像もつかない。俺とは似ても似つかない美人だっただけに、理不尽な形で歪んだ彼女の人生を想う。
 それはそれとして、俺は最近ニコ生配信にハマってしまった。妹がああなだけに、この広い家で実質一人暮らしは寂しい。画面の向こうで四六時中誰かが騒いでくれるのは、精神的に癒やしになる。
 しかし、生主という職業も遊んでるだけではやっていけないらしく、近頃ではどんどん過激な方向に進み始めた。飽きられないために男性たちは暴力的になり、女性たちは性的になった。自然と視聴者たちのモラルも悪くなる。最早この文化は衰退の一途が約束されている。
 そんな修羅の国と化した配信界を象徴するような悪質生主が登場したらしい。
 彼女は配信する際ガンジャをキメて──と言っても画面ではギリギリ分からないように吸引して始める。トーク内容は極めて猥褻で、たまに自慰行為を連想させるような動作で視聴者の昂奮を煽る。
 ついたあだ名は誰が呼んだか「エロガンジャ先生」。彼女の配信内容そのままなネーミング。
 彼女は常に運営からのBANと戦っていて、そうまでして目立ちたい気持ちは全く理解できないが、ここまでアナーキーだと誰だって興味をそそられる。
 今までは評判を調べるだけに留めていたが、今日は午前中で学校が終わる日だったので、配信時間に間に合う。過激な噂に日々培養された興味心とちょっとの不安が混ざったマウスカーソルは、遂にエロガンジャ先生の配信ページをクリックした。

画面に映ったのは、真っ暗な背景と仮面を被ったパジャマ姿の銀髪少女。なるほど、なんとなくだが雰囲気的に美少女だとわかる。男性視聴者が夢中になる訳だろう。
 噂通り彼女の言動は一般人がイメージするヤク中のそれで、トークが進むごとに増えていく肌の露出は、健全な男子高校生である俺の劣情を弄ぶ。
 これは凄い。こんなアンダーグラウンドな世界がインターネットに広がっていたのか……。ガンジャの影響なのか不自然にテンションが上がり続ける彼女は、いつしかケタケタと不気味に笑いながら踊り始めた。
 キマっているせいなのか酔っぱらいのような動きの彼女のダンスは、着崩したパジャマ姿と合わせてどこか魅惑的だった。初めて観る裏の世界の映像に釘付けになっていると、背景の暗闇にぼんやりと食器のような物体が映る。
 エロガンジャ先生でも、通常の食事はするんだな……。同じ人間だからそりゃそうかとのんびり考えていると、何となく食器の柄に見覚えがある事に気づいた。脳の処理速度が急加速していく。どう考えても生で見たことのある食器だ。というか日常的に見かけている。嫌な汗が全身から流れ出す。完全に気づいているのに脳がセーブをかける。
 そりゃそうだ、エロガンジャ先生の正体がひきこもりの妹なんて冗談、それこそヤク中だって笑えない。

 決意した俺は急いで階段を駆け上がると、数ヶ月触れてすらいない妹のドアをノックした。返事は一切ない。耳をドアに近づけ中の様子を探ると、どうも激しくダンスしているような騒音が聴こえてくる。予感が確信に変わった俺は、遂にその硬い扉を勢い良く開くと大声で妹の名前を叫ぶ。
「葉霧!!」
「えっ、兄……さん……?」
 仮面を被った銀髪の少女が振り向く。数ヶ月ぶりの妹との再開は、想像以上に最悪な形で果たされてしまった。

 

 

「訊きたいことは山ほどあるけど……」
 配信を切って落ち着かせた葉霧を床に座らせる。久方ぶりに見た彼女の顔はやっぱり綺麗で、ダンスの疲れか肌を伝っていく汗がどことなく官能的だ。
「お前がエロガンジャ先生なんだな?」
「そんな名前の人知らない!」
 部屋を見渡すと、明らかに怪しい植木鉢が大量に並べられている。警察に入られたら言い訳する暇すらないだろう。まさか我が家でこんな大胆な犯罪行為が行われているとは、昨日までの俺に話しても想像もつかないだろう。お父さん、お母さんごめんなさい。
「この草……ガンジャはどうやって育ててるんだ?」
「それは大麻だからって植物だもん。環境さえ用意したら栽培は簡単だよ。外に出なければバレる事は絶対ないし。わたしは窓も開かないから匂いも漏れない。こっそり育ててる人なんて無数にいるよ」
「やっぱりガンジャなんだな……」
 誇らしげに自身の栽培能力を自慢する彼女は年相応に可愛らしく、犯罪性にさえ目を瞑れば、植物の飼育なんて面倒な事を成し遂げた妹を兄として褒めてやりたいくらいだ。
「百歩譲ってガンジャの栽培は良いとして、なんだって生主になんて……」
「だって寂しかったんだもん……」
 それに有名になれば馬鹿な視聴者からお金がもらえて生活も助かる、と涙目の葉霧が続ける。引きこもりなりに家計を気にしていた事に感動を覚えかけたが、方法が方法だけに呆れるしかない。
「俺も寂しくてニコ生にハマったよ、視聴者側だけどな。なるほど、お前は配信する方で寂寥感を誤魔化す道を選んだわけだ」
「うん……」
 そう考えると似たもの兄弟なんだろうか。ガンジャが抜けて大人しくしゅんとした妹はとてもかわいい。
「さて、これからどうするかだが……」
 部屋の中は見渡す限り黒と緑。ガンジャ以外にあるのはPCに配信機材、ベット。おおよそ思春期の女の子の部屋とは思えない。
「葉霧は俺にどうして欲しい? こんなになるまで放置していた俺にも責任はあるし、兄として妹の要望は聞いてやりたい。なんでもやるよ」
 体のいい兄貴を気取ってみたものの、半分はどうしようもない状況を彼女に丸投げしている訳で、いっそ気づかぬフリして放置するのも、それはそれで二人の幸せなのかもと考えたり。いや、妹が警察に捕まったらそれこそバッドエンドか。
「本当になんでもやってくれるの……?」
 泣き疲れたのか頬を紅潮させた葉霧が口を開く。断言しよう、こんな美少女の、しかも実妹の頼みを断れる男などいない。「おう」と安請け合いしていやると、葉霧の表情がぱぁっと華やぎ言葉を紡いだ。
「じゃあ私と一緒にガンジャを吸ってくれる?」
 天使のような悪魔の笑顔とは、この表情を指すのだろうか。

 

 

「大丈夫! 下手なクスリでODするより全然安全だから!」
 嬉しそうに葉霧がジョイントを準備する。女の子が好きな物を語る様子は、例え対象が大麻だって魅力的に映る。俺はもうこの小悪魔から逃げられないだろう。
「ほら、できた!」
 葉霧が軽くジョイントを一吸いすると、ふぅっと煙を吐いて俺に渡してきた。初めての重犯罪の味よりも、実妹との間接キスの方にドキドキする。
 ジョイント、と呼ばれたタバコに似たそれに口付けると、彼女の指示通りに思い切り吸って煙を肺に溜めた。健全に生きてきただけにタバコすら吸ったことがないので、要領をつかめずむせてしまったが、何となく悪いモノが脳を駆け巡る感覚がわかる。
「どう、兄さん? 気持ちいい?」
 こんなエロゲーのようなセリフが妹から訊けるとは。しかも性行為以上に背徳的な行為でだ。事実はエロゲーより奇なり。……なんて正常な思考は煙とともに消え去り始め、段々と快楽だけが全身を包み込んでいく。
「こわい? 大丈夫だよ、わたしがそばに居るからね」
 単純な事にぎゅっと手を握ってもらうと僅かな不安は全部消えた。男の扱い方を本能的に心得すぎている。この小悪魔は成長すると悪女になるだろう。
「そのまま吸引を続けてね。そうそう、その調子……」
 段々とこの甘美な草の匂いに慣れてくる。俺のテンションが強制的に上がり始めるのを感じる。
 朦朧としていく意識の中で、俺は妹と間接じゃないキスをしていた。

 

 

「葉霧、葉っぱもっと詰めてくれないか?」
「うん、いいよ。兄さん」
 あれから何日経っただろう。外界から隔離された黒と緑の空間では、時間の概念なんて何も意味しない。すっかりガンジャの魅力にハマった俺達は、食事も睡眠も忘れて、ただただ犯罪の味だけを貪った。
「……ふぅ。やっぱりエロガンジャ先生の育てたガンジャは最高だな」
「そんな名前の人知らない」
 もうすっかりこの煙の虜だ。少し前までは確かにあった将来や金銭の不安は何もかも消えて、今はネタが切れる事だけが怖い。二人での消費スピードは明らかに栽培速度を追い越し、あれだけ並べられていた苗床は既に無くなりかけている。
「そろそろ終わっちゃうね」
「……そうだな」
「兄さん、たのしかった?」
「あぁ。葉霧のお陰でこの数日は天国だったよ。もう死んでもいいくらいだ」
「それなら良かったな」
 死んだら天国の父さん母さんに殴られるだろうか。それとも俺は地獄行きになって、あの世での両親との再開は果たされないのかも知れない。
「もう、これが最後の一本だな」
「兄さんが使っていいよ」
「本当にいいのか? それなら遠慮なく吸っちゃうぞ」
「うん。だって……」
 俯いた葉霧が切なそうにこちらを眺める。妹のこんな表情は初めてだ。
「だってわたしは……」
 目に涙を溜めたエロガンジャ先生は、言い切る前にふっと目の前から消えた。


 

「ひどいな。この歳で引きこもりで大麻中毒か」
 年老いた刑事が残念そうに呟く。続いて部下らしき男が状況を説明する。
「はい。恐らく家族を事故で失った事が切っ掛けでしょうか……。それと取調中はずっとエロガンジャ先生がどうこうと」
「エロガンジャ先生? どういう意味なんだ?」
「一時期流行した動画配信者の名前です。ガンジャをキメて踊るのが売りとかどうとか」
「……女性なのか?」
「いえ、男です。つまりエロガンジャ先生は彼のユーザー名ですね。時折画面外の妹に話しかける様子があったそうですが」
「妹? 彼はずっと一人っ子の筈じゃないのか?」
「そうですね。精神科医の分析によれば、極度の孤独な環境と錯乱状態から生まれた架空の存在ではないかと」
「いま彼はどうしている?」
「病室でずっと架空の妹と思わしき女性の名前を呟いています」
「……そうか」
 年老いた刑事がジャケットから取り出したタバコを咥える。さっと部下らしき男がライターで火をつけると、揺れる炎から煙が登っていき、天井へつく前にスーッと雲散し
た。

 

みんなが大麻について知らないこと

みんなが大麻について知らないこと

 

 

広告を非表示にする