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ガヴリールがだらけている間にヴィーネちゃんとサターニャの仲が急速に接近し取り返しつかなくなる話



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 初めて会った時は、比喩や種族の意味でなく本気で天使だと思った。それほど当時のカヴは容姿端麗で神秘的な少女だった。
 きっと人間が見た神話上の天使って、彼女のような存在だったと直感した。
 その感情は今でも変わらない。いつだって大切な友達。それはガヴの方もそう想っているはず。はず、だけど……────

 


「こらっ、ガヴ! 電気くらい点けなさいよっ!」
 モニタの明かりだけが頼りの暗闇に、悪魔の少女の声が響く。悪魔の少女──ヴィネットは、散乱したゴミの山をかきわけ、マウスを握り締めながら倒れる天使の少女──ガヴリールを揺さぶった。
「うぅっ……なんだ、ヴィーネか……」
 ガヴリールは寝ぼけた頭で状況を整理し、食べかけのカップラーメンや点けっぱなしのモニタから、自分がネトゲ途中で寝落ちしたことを理解する。気づけば学校もサボっていたらしい。いつもは多少の罪悪感を覚えないこともないものの、今回は完全に無意識だった。
 起こしに来てくれたお節介な悪魔は、今もぶつぶつ小言を言いながら、勝手に部屋の掃除を始めている。天使と悪魔の立場が逆転している事など、今更ツッコむ気すら無い。制服姿から察するに、どうやら学校帰りらしい。
「全くだらしない! 髪もこんなにボサボサで……まともにしてたら、ちゃんと可愛いのに……」
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。お前はわたしのお婆ちゃんかという程にお節介を焼いてくる。これで長年の幼馴染や家族という訳でもなく、元は偶然道で出会っただけの友達というだけなのだからよっぽどだろう。
 それこそ天使のように麗しいガヴリールの金髪は、ここ数ヶ月寝ぐせが跳ねていない日はない。服装もだらしのないジャージ一枚だ。間違っても健全な高校生活とは言えない生活だろう。だからと言って、ただの友達にここまで煩くされるのも癪だ。
「うるさいなぁ……いまネトゲのイベント期間だから、学校行ってる暇ないんだよ……」
 めちゃくちゃな理屈である。しかし、怠惰でネトゲ中毒の駄天使にとっては、学校をサボるに充分な大義名分だった。
「そういう訳でしばらく学校行かないし、これからまたネトゲにインするからまたな」
「ちょっとガヴ! まだプリントも渡してないし、補習になったらどうするのよ! ん、もぅ……」

 


 好意で片付けをしてあげようとしたヴィネットは、一秒でも早くネトゲを再開したいガヴの熱意に負け、部屋から追い出された。いつもは数十メートル走っただけで倒れるくせに、こんな時だけ押しが強い。
(独りで遊んでたいだけってのは分かるけど、それでも嫌われてる気がしちゃうな……)
 何もかも適当なガヴリールと違い、ヴィネットの心は歳相応に繊細だ。怠惰と勤勉。天使と悪魔。親友のつもりでいても、根っこの部分で相性が良くないのではと勘繰ってしまう。
(うぅん……大丈夫よ。ガヴだってアレで結構良い子なんだから。風邪引いた時もお見舞いにくるし……)
 そう言い聞かせるものの、足取りは重く、夕陽にできた影はどこか弱々しい。学校から家にも帰らず様子を見に行ってあげたのに、こんなザマじゃバカみたいだ。
 うつむき気味に歩いていると、不意に柔らかい衝撃を感じ、自分が人とぶつかってしまった事に気づいた。
「あ、ごめんなさい……わたし考え事していて……」
「あれ? ヴィネットじゃないのよ」
 聞き慣れた声に驚き、顔を上げるとそこには同じ悪魔である少女──サターニャが立っていた。
「なによ泣きそうな顔して……そんなんじゃ悪魔としてやってられないわよ! なんなら大悪魔のわたしが指導して~」
「なんだサターニャか……ぶつかってごめんね。もう遅いから早く帰った方がいいわよ」
 腰に手を当て演説を始めたサターニャを無視し、家路を急ぐ。同級生に泣きそうな顔を見られた事が恥ずかしくて、さっさとこの場を去りたかった。何より、こんなことで大袈裟に落ち込んでいる自分も恥ずかしい。「悪魔としてやってられない」というサターニャの指摘は正しかった。
(わたしもあの子くらい脳天気に考えられたらな……)
 さらっと失礼な思考をしたところで、自分の背後を尾行している人影に気づいた。不意をついて振り返ると、慌てて隠れた電柱に人影は、ドーナツ状の赤髪がはみ出している。
「サターニャ!」
「ぎくっ!」
 ぎくっと声に出すような間抜けがサターニャ以外に居るわけがない。サターニャは観念して電柱から顔を出した。
「よっ、よくわたしの悪魔的尾行術を見破ったわね!」
「同じ悪魔だからね……」
 足音や影でバレバレだったことは、大悪魔のプライドのために黙ってあげた。
………………
「それで、なんでついてきたのよ」
 ついてこられたからには手ぶらで帰す訳にもいかず、喫茶店でコーヒーを奢ってあげることにした。はじめからこれを期待しての行動かと勘ぐったものの、その疑念はコーヒーの呑み方に悪戦苦闘するサターニャの姿を見て打ち消す。
「なんでって、そりゃヴィネットが珍しく落ち込んでいたからよ!」
「え……」
 予想外の答えに、思わずコーヒーを零しそうになる。さっきまで性根が腐ったガヴを相手していただけに、純朴なサターニャの優しさが一層染みた。
「なにがあったのか、この大悪魔胡桃沢=サタ(略)に話してみなさいよ」
 態度はデカいが善意ではある。思えば、自分が悪魔らしく制服を着崩したことに気づいたのもサターニャだけだった。意外と人を見ているのかも知れない。ヴィネットは彼女の悪魔らしい赤髪が、夕焼けに冴えることに初めて気づいた。
「ちょっとガヴと喧嘩しただけ。いつものことよ」
「わたしと違ってガヴリールはだらしがないから、ヴィネットが怒るのも仕方ないわね」
 偉そうに鼻を膨らませ胸を張るサターニャの姿に、思わず笑みが溢れる。
「ふふっ。サターニャ、たまにこうして一緒に喫茶店行きましょうね」
「えっ!? 急になによ……ま、どうしてもって言うならいいけど……」
 夕陽に照らされ笑い合う二人の少女の影は、年老いた喫茶店のマスターに青春を感じさせた。

 


 教室の様子がおかしい。ネトゲのイベント期間が終了し、数日ぶりに登校したガヴリールは違和感を覚えた。
 別に一般生徒──ここでいう一般とは天使でも悪魔でもない人間のことだが、それが変化した訳ではない。ホームルーム前の教室はいつも通り賑やかだ。では、何が違うのか。答えは自分の席の周りが妙に静かなのだ。
 ……そうか、いつもならヴィーネが近づいて小言を押し付けてくるか、サターニャのバカが喧嘩を売ってくる頃なのか。それがないだけに珍しく自分の席に静寂が訪れている。
 では、肝心の悪魔連中はどうしてるかと言うと、サターニャの席で仲良く談笑し、時折ラフィエルがサターニャを弄って遊んでいる。
 今まで当たり前過ぎて気づかなかったが、基本自分から動かない分、あの二人が絡んでこないと。隅にある自分の席は閑古鳥が鳴く。天使仲間のラフィエルに至っては、種族の垣根を越えて常にサターニャの傍に居る。
 不貞腐れて空を眺めていると、ガヴリールの存在に気づいたヴィネットが近づいてきた。
「あらガヴ。やっと学校にきたのね」
「……おう」
 ヴェーネの様子からして、意図して自分を避けた訳ではない。というより、性格上そんなことできるヤツではないだろう。つまり、単純に自分が居ない間にヴィーネとサターニャの仲が進展しているのだ。いつもはそこまで一緒に居る間柄ではなかった。
(いや、わたしが欠席してる時は案外こうなのかもなー……)
 深く考えることでもない。そう言い聞かせるものの、少しでも気になってしまうと、とことん気になるものである。昼休みは放課後を通して二人を観察していると、明らかに少し前より愉しげだ。今日は放課後にラフィエルも入れて三人で買い物に行く予定だったらしく、ガヴリールも誘ってもらえたが、何だか急に自分が割り込んでしまうように感じて遠慮してしまった。
(今までの欠席中も、こうやって三人だけで遊んでる日も多かったのかな……)
 まあいい。あいつらがどうしようが関係ない。ガヴリールは帰って独りでネトゲを再開することを選択した。元より好きで孤独を選んでいる身なのだ。

 


 薄暗い部屋の中に、PCから発せられる不気味なビープ音だけが鳴り響く。
 モニタの中では、ガヴリールのキャラが国を守るために忙しく戦闘している。
 ガヴリールは久々に登校して以来、数日こうして朝までネトゲに明け暮れた。ゲーム自体を愉しんでいた頃と違い、今回の熱中ぶりはどこか現実逃避が混じっているように感じられる。
 外から物音が聴こえる度にヘッドフォンを外し確認する。自分の意志で引きこもっているはずなのに、無意識にヴィーネがお節介を焼きに来ないか期待していることに気づく。性格上、こちらから来いとは言いづらい。自分が居なくとも愉しくやっている姿を見た今なら尚更だ。
 大丈夫だ。別に今までだって数日会わないことなんてザラにあった。意識しているかどうかだけの違いであって、この日常はなにも特別なことはなく、急に孤独や寂寥感を覚える必要はないのだ。ヴィーネとは、そんな短い付き合いでもない……。
 いや、果たして本当にそうだろうか。何度も二人で遊んだとはいえ、それは所詮高校生からの話で、そんな長年の付き合いという訳でもない。ましてや同種族のサターニャと、積極的に絡んでくるラフィエルが居る状況で、自分なんかの面倒を見てくれていたことが奇跡ではないか。
 珍しく憂鬱になっていることを自覚すると、それを忘れるように益々ネトゲに熱中した。ヴィネットが掃除に来ないガヴリールの部屋に、カップ麺やペットボトルの空がどんどん積まれてゆく。
………………
 どれくらい経っただろうか。気づけば部屋に朝陽が差し込んでいる。少なくとも3日はネトゲ以外のことをしていないだろう。ヴィーネの癇癪がない起床は目覚めが悪かった。
 お風呂も入っていなければ、歯磨きや排泄さえ面倒くさい。このまま人類を滅ぼすラッパでも鳴らしてやろうか……と思った矢先に、数日静かだったガヴリールのスマホに連絡が入った。
(ヴィーネからだ……)
 要件としては特筆するまでもないことで、数日見てないが元気にやってるかというだけの内容に、やたらお節介な長文がついてきているだけだ。全くヴィーネらしい。
 どう返事するか悩んでいるうちに、どうやら本文から察するに、ヴィーネがいまサターニャの部屋で遊んでいることが読み取れた。
 わたしがこんなに悩んでいたのに呑気な悪魔たちだ。いや、悩んだのはこちらの勝手か……。恐らく自分も含めて、サターニャの部屋に三人で遊ぼうと誘う算段なのだろう。そうなると、前のように自分が割り込んでしまうような感覚に襲われる。
 そうなると無性に苛ついてきた。友人関係で遠慮を覚える弱い自分に。自分の気持ちを察せられないヴィーネに。何より、あれだけ尽くしてくれたヴィーネが遠く感じられることに。
 ここで素直な返事を送れないのも、またガヴリールの弱さだった。

 


「ガヴから返事こないなー。久々に遊ぼうと思ったのに……」
 サターニャの部屋でヴィネットがため息をついた。ぼっち飯時代のサターニャを気にかけていたような彼女が、親友であるガヴリールを心配しないわけがない。ただ、前回部屋へ行った際に拒絶気味だったことと、学校へ来た日に放置して遊びに行ったことが尾を引いて連絡を遅らせた。
(仲良いと思っていても、ちょっとしたことでこうなっちゃうものなんだなぁ……)
「どうしたのよヴィネット? ガヴリールは来ないわけ?」
 相変わらずサターニャは元気だ。この場に居ないだけでラフィも元気だろう。そういった部分はお似合いの二人。羨ましい。
「今日こそはガヴリールをぎゃふんと言わせようと、色々用意してたのに~!」
 感情豊かなサターニャは、見ているだけで微笑ましい。曇りがかった心も一瞬で和んでしまう。ラフィがちょっかいを出したくなるのも分かる気がする。
(ガヴもこれくらい素直になってくれればいいのにな……)
 そう思った矢先に、ヴィネットスマホが振動した。ガヴリールから返信がきたのだろう。
「あっ、ガヴからだ。えっと、なになに……」
ネトゲやるから行かない。おまえらだけで遊んでろ』
 世話焼きが高じて長文になるヴィネットと違い、ガヴリールの返信は短かい。それだけに冷たさを感じる文面になる。もう慣れたはずの態度にも、今のヴィネットの心には深く刺さった。
「なによ……こっちから誘ってあげたのに……」
 そこまで深い意味も拒絶感もないことは分かっている。それでも、久方ぶりに連絡してこの返事は厳しく感じる。怒りと哀しみが混ざり合い、険しい表情になっていく。
「ちょっとヴィネット、大丈夫? ガヴリールからなんて言われたのよ」
 心配したサターニャが表情を伺い、スマホの画面を覗き込んでくる。その動作はどこか飼猫を思わせた。
「あっガヴリール、わたしとの勝負から逃げたな~! まさか、この大悪魔胡桃沢=サタ(略)を恐れて戦わずに逃げるとはね!」
 ヴィネットは一言も発さない。涙こそ流してはいないが、肩の震えで傷ついていることが分かる。こういった状況に疎いサターニャでさえ、只事でないことを察せられる。
「あのね、サターニャ。わたし……っ!?」
 俯いていたヴィネットが口を開いた瞬間、背後から全身を柔らかい感触に包まれるのを感じた。先日ぶつかった時と同じ、サターニャの感触だ。
「……よ、よく分からないけど、サタニキアブラザーズが困ってる時はこうしなさいってお母様が……」
 いつから自分はサタニキアブラザーズの一員になったのかはともかく、この優しい感触はたしかに心地よい。背中越しに意外と大きいサターニャの胸から、彼女の母性を感じるような気がする。
「サターニャ、もう少しだけこのままでお願い……」
 自然と口から漏れた自らの言葉に、この小さな悪魔に魂を奪われていくのを感じる───

 


「ガヴリール! いつまで引きこもってんのよ! 今日こそ決着つけるわよ!」
 ヴィネットから合鍵を借りたサターニャが、引きこもり過ぎて何かの腐臭すら漂うガヴリールの城に侵入してくる。
「なんだよ急に……」
 ネトゲを中断し振り向いたガヴリールは、数日ぶりに発した自分の声の小ささに驚いた。
「アンタが前に遊びに来なかったから、ヴィネットが落ち込んじゃったのよ! だからわたしの方から来てやったの!」
「なるほど……あいつ、ちょっと捻くれただけのメールを重く受け止めやがって……」
 それがヴィーネらしいか、と消え入りそうな声で続く。恐らくサターニャの耳にまで届いてはいない。
「とにかく勝負に負けたら、わたしとヴィネットの前で土下座してもらうわよ!」
「お前、まさかそれを言いに来たのか……」
 バカなりに気を使っての行動らしい。底抜けのバカなだけに、どこまでも純粋に行動している。そりゃヴィーネも頼りにするわけだろう。そう考えると、自分の器量の小ささを痛感する。
「いいよ、わたしの負け負け。お前の勝ちだよサターニャ」
「は? なによ急に! どういう作戦よ!」
 ────今回は本当にお前に負けたんだよ。
 久しぶりに風呂でも入って、小綺麗な格好で謝りに行くか。
 ガヴリールは重い腰を上げ、数日ぶりに陽の光を浴びる決心をした。

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