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リゼ先輩相手に失恋したシャロちゃんが、自暴自棄になり日夜酔い続け家を燃やして死ぬまでの話

ごちうさ 創作・SS


 現代では希少な自然に溢れた美しい景観と、それを損なうどころか、彩るように立派な建物が並ぶ木組みの家と石畳の街に、一軒だけみすぼらしい物置小屋がある。
 物置小屋の中では、木々の隙間から秋の夜風が入り込み、安物のテーブルの上に置かれたコーヒーカップの中身と、それを見つめる幼い金髪少女の髪を揺らしていた。
「これ……のむと……もう、もどれにゃくなるのよね……」
 少女の思考は既に交通事故のようにグチャグチャになり、独り言を漏らす舌の呂律は上手く回らず、雪のように白い頬はすっかり紅潮し赤に染まっている。まるで酒に酔っ払っているような状態だが、少女の場合は一滴もアルコールを摂取していない。そう、少女────桐間紗路は、世にも珍しいカフェインで酔う体質だった。

 


 
 本来お酒で酔っ払う理由は、血液を通して運ばれたアルコールが脳を麻痺させるからである。カフェインにも「カフェイン酔い」というものが存在するのだが、これはアルコールで酔う場合と違い、吐き気や胸焼けが主な症状だ。
 では、シャロの場合はどうか。上気しきった顔と身体は、煙が出そうな程に熱くなり、思考能力も、お嬢様学校に通う普段の彼女とは、比べるまでもない程に落ち、テンションが異様な程に昂ぶっている様子だ。化学や医学以上に不思議な現象が、シャロの体内で発生していた。


 
 鈍った脳味噌をフルに回転させ、彼女は考える。
 そもそも、この木組みの家と石畳の街自体が、自分には残酷すぎるのだ。
 現代社会で、この景観と治安を維持するには、一定以上の住民の収入と教養・モラルが必要とされる。桐間家の場合は収入の要素が、この街の平均から明らかに不足していた。通常なら必然的に、彼女は義務教育を終えれば就職しなければならない。
 しかし、シャロは幼馴染────千夜も驚くほどに勉学に明け暮れた。学費免除の特待生として、お嬢様学校への進学を狙うためである。塾に通うお金も無ければ、家事のために自宅で自習する時間も少ない彼女にとって、これはとても大変な事だった。
 が、シャロには環境に恵まれない代わりに、人一倍努力の才能があった。寧ろ、この街の生存バイアスが、彼女の才能を開花させたというのが、正しいのかも知れない。千夜もそんなシャロを見て「昔から頑張り屋さんだから」と語る。
 無論、お嬢様学校に入学できたからと言って、家庭の経済状況が変わる訳ではない。入学は飽くまで、貧困層というレールを外れる逆転への過程であり、ゴールではない。
 生まれついてのお嬢様たちが、何の苦労もせずに放課後の自由時間を過ごす中、シャロだけは学費のためにアルバイトに勤しんだ。そんな不公平な環境だからこそ、社会勉強のためお嬢様を気取らず、ごく普通の喫茶店でバイトをするリゼ────後述する片想いの先輩への気持ちが膨らんだ部分もあった。
 この街ではそんな階級格差以外に、街中に野良ウサギが飛び回り、喫茶店が他の街と較べて多く並んでいるという特色がある。ウサギが大の苦手で、前述の通りカフェイン酔いする体質のシャロには、時折街の全てが自分を否定しているように思える。

 残酷と形容しても過言ではない状況に押し潰されそうな少女の心を、幼馴染の千夜と、片想い相手であるリゼが支えていた。
 リゼは校内でも屈指の人気を誇るアイドル的存在であり、彼女の凛々しい活躍ぶりを見学するため、体育の時間では観客が集まるほどだ。その度、シャロは野次馬に負けないよう、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねて、自慢のツインテールを靡かすリゼ先輩の姿を追い回す。
 そんなリゼ先輩が自分を特別気にかけてくれることが、シャロの数少ない自慢の一つである。憧れの先輩と朝までアニメを観賞したり、仲良しグループでキャンプに連れて行って貰ったり、校内のお嬢様たちは知らない二人だけの時間が、恋する乙女の宝物だった。
 それが慢心を産んだのかも知れない。いつしかシャロは、リゼ先輩も自分を恋人として受け入れてくれるだろうと、有り得ない夢を見てしまった。

 

「す、好きです、先輩! つきあって……くだしゃい……!」
 夕暮れに差し掛かる放課後の裏庭、シャロは遂に告白を形にした。日に日に思いが強くなっていく自分を、これ以上抑えきれなかった。しかし、小さな彼女の大きな勇気は実ること無く砕け散る事になる。
「付き合うって……。シャロの事は好きだけど、私とお前は女と女だぞ」
 リゼの動揺を表すかのように、ツインテールが揺れる。当然の反応である。女は男に惹かれるのが世の常だ。リゼ先輩は確かに自分を気に入ってくれていたが、それは同姓の友人としてだった。少し考えれば当たり前なのだ。女性の先輩に恋い焦がれる自分と違い、目の前の紫の先輩は常識人なだけだ。自分がおかしい。
「あー……あのな、恋人ではないけど、もちろん今まで通り遊ぶとかなら構わないぞ。また皆で釣りでもして……」
 先輩が言葉を選んで話しているのを感じる。この人は、こんな時でも優しく接してくれる。ただ、今はそんな気遣いが堪らなく辛かった。
「そう……ですよね。気持ち悪いですよね、女同士なんて……。あはは、私なに勘違いしてたんでしょうね……。先輩の迷惑、でしたよね……」
 「ごめんなさいっ!」とだけ残して、行くあてもなく走りだす。初めての失恋に、少女は理性よりも先に身体が動いた。
 ────その夜、シャロは生まれて初めて、自分から進んでカフェインの海に溺れた。

 

 思えば、あれから毎日飲んでるな……。
 カフェイン効果が切れ始め、茶色に濁っていたシャロの思考が段々とクリアになっていく。
 もう数日学校もバイトも休んでいる。起きては飲んで、眠るまで飲む。初めはお見舞いに来てくれたココアやチノも、重度のアル中ならぬカフェ中になった彼女を見て、幼馴染の千夜に任せるのが最善だと判断し、次第に訪問を止めた。あんな事があった手前、リゼはお見舞いを自粛している。自分が今顔を合わせると、シャロの告白や同姓愛を悪戯に広めてしまうと考えている。
「千夜か……千夜なら、女の子同士で恋愛する事を理解してくれたのかしら……」
 思えば、自分の幼馴染には、そんな素振りが何度かあった。その想いは全て自分に向けられていると思っていたが、新しくできた友人のココアへ向き気味である事に、多少の嫉妬心を覚えた事もある。
 それでも千夜は自分を見捨てないだろう。現に千夜は今夜も甘兎庵の仕事が片付けば、ウチに様子を見に来てくれる予定だ。両親すら家に居ないシャロの、最後の希望である。
 まともな歩行すら怪しい今のシャロには、生活用品や食料の買い出しをしてくれる千夜は生命線でもあった。
「そろそろ来る頃かな……」
 一瞬、来るのが千夜でなくリゼ先輩ならいいのに、とシャロは考えた。そして、そんな疚しい考えをする己を恥じた。あの子はこんなになった私にも優しくしてくれるのに、それを私は……。
 考えれば考える程に、悪いスパイラルに飲み込まれていく。では、それを止めるには何も考えなければいい、楽になってしまえばいい。気づけばシャロは、またしてもテーブルのコーヒーカップに手をかけた。麻薬と言っていいほど脳を溶かしていくそれを飲み込む刹那、「このコーヒーカップ、フリーマーケットで千夜と買いに行ったんだったな……」という想い出が頭によぎったが、既に何もかも遅かった。

 

「シャロちゃん!?」
 物置小屋の扉を開けた少女は、慌てて泡を吹いて倒れている幼馴染へと駆け寄った。
「もうコーヒー飲まないでって言ったでしょ! やだ、鼻からも血が……」
 祖母からの教えで、多少の医学があったのが幸いした。どうにか気絶したシャロの意識を復活させる。もし、自分が来なかったら、このまま窒息して死亡した可能性すらある。想像するだけで身の毛がよだつ。
「う、うぅ……」
 今にも泣き出しそうな双眸が、朧気な輪郭で黒髪の幼馴染を捉える。安心しきったシャロは、倒れるように彼女に抱きついた。
「もう……こんなになるまで酔っちゃったのね」
 受け止めた千夜は満更でもない表情をしている。千夜にも幼い頃から面倒を見てきた幼馴染が、自分の預かり知らぬところで、先輩と仲良くなっていくのは思う所があり、そんなシャロが自分に依存せざるを得ない状況な事で、満たされる部分もあった。
 また女の勘と呼んでもいい本能で、シャロがリゼ相手に失恋した事も理解していた。今の彼女にとって、何より優先されるのは自分の存在。「幼馴染」という揺らぐこと無い支柱。頼られる事で千夜の承認欲求は満たされ、二人はドロドロの共依存になる。
 ────筈だった。
 抱きしめたシャロの口から漏れたのは、そんな千夜の理想を砕く名前だった。
「りじぇ……せんぱい……」
 その瞬間、背中に回した千夜の腕に力が抜けた。彼女は私を求めたのではない、酔って「リゼ先輩に見えた私」を求めたのだ。
「そう、そうよね……。シャロちゃんは、リゼちゃんの事が大好きだものね……」
 解けそうになった腕に力を入れ直し、そっと彼女を抱き寄せる。酔ったシャロが無意識に欲したのは、現実の幼馴染よりも、理想の王子様だった。友人より恋心を選ぶことに何ら不思議はない。それでも悔しくて涙が止まらない。自分も酔えたら今すぐ酔いたい気分だ。
 長年幼馴染を支えてきた黒髪の少女は初めて、自分にも恋心が芽生えていた事と、それはシャロがリゼに告白したと同時に、失恋へと変わっていた事に気づいた。

 

 物置小屋に、朝の陽気な日差しが差し込む。光は少女の金髪を照らし、黄金色へと輝かせた。
「う、うーん……。あれ? 朝……?」
 布団の上で目を覚ましたシャロは、記憶を遡って、自分が酔って時間を飛ばした事を確認する。恐らく千夜が面倒見てくれたのだろう。酔った割に部屋が片付いている事から判断できた。
「なんだか千夜、泣いてた気がする……」
 朧気な記憶の映像が、そっと涙を零す幼馴染の姿を再生する。しかし、なぜ泣いているのかが思い出せない。ただ、自分が原因な事は分かる。それがどうにも恥ずかしく、また悔しくて仕方がなかった。
 多少カフェインが残っているとはいえ、朝はまだ正常な判断ができる方だ。今のうちにシャワーや朝食、ワイルドギースへの餌などを、済ませておかねばならない。学校こそ行かないものの、それなりの生活ができているのは、根本的な彼女の生真面目さだろう。
 朝食を準備していると、家のカフェインが全て処分されていることに気づく。千夜の仕業だ。諸悪の根源を断つ思い切りの良さは、如何にもあの子らしかった。
「どうしよう……コーヒーなくなっちゃったわ……」
 虚空に向かって呟く。千夜の判断は何も間違ってはいない。恐らくアルコールと違って、ちゃんと分解されるカフェインは身体依存ではない。精神依存だ。つまり、もう逃げないという確固たる意志さえ強く在れば、自然とカフェインを断つことができる。
 それでも、欲望に負けてカフェインを飲んだらどうなるのだろうか。流石の千夜も怒って病院へ連れて行くのだろうか。「隔離病棟の患者」なんて、この平和な木組みと石畳の街に似合わなすぎる字面だ。アル中のおじさん達に囲まれる中、千夜に押されて車椅子で院内を散歩する様子を思い浮かべる。貧乏なりにエリートコースに乗れた自分がそうなるのは、屈辱的である。

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 そもそもカフェイン酔いなんて、症例に認められるのだろうか。精神病院の方が近い気がする。アル中の中年男性が主人公の「今夜、すべてのバーで」という小説では、お酒が耐え切れない程不味く感じるクスリが処方されていたが、カフェイン酔いの場合はどうなる?
 とにかく、カフェインさえ無ければ通常に戻るという、千夜の期待を裏切りたくない。これ以上、誰にも迷惑を掛けられない。
 ……頭のなかでは分かっているつもりだが、また欝が襲ってきたらと想像すると、不安で堪らない。カフェイン酔いという逃げ場がない状況がただただ怖い。
 気づくと、シャロはおぼつかない足取りで数日ぶりに外へ出た。

 

 あまり酔ってない状態でも、今のシャロにとって買い物は命懸けだった。
 そもそも学校をサボっているので、見回りの教師に見つかる危険性がある。お嬢様学校でそんな不祥事は許されない。更に、事情を知らない向こうから見れば、自分の千鳥足から犯罪性を感じるだろう。バイト先の社会人たちに見つかる可能性だってあった。
 急いでスーパーでコーヒーを買い物カゴへ入れる。暫く外出すらまともにできないと覚悟していたが、カフェインのためなら意外と動ける正直な身体に自嘲する。酔いながら酒を買い足すアル中もこんな気持ちなんだろうか。
 どうにかレジに通せたところで、思わぬ知り合いの陰を見つけた。青山さんだ。
 ココアたちなら学校なので、見つかることは無いが、作家で時間に縛られない青山さんなら、スーパーに居てもおかしくない。焦ったシャロはコソコソと隠れながら店を後にした。
「はぁはぁ……。まさか青山さんが居るとはね……」
 どうにか見つかりそうにない場所までこれたことで、胸を撫で下ろすも、知り合いにすら臆する自分に嫌気が差す。何故こうなってしまったのだろうか……。
 学校の見回りに見つからないよう、のんびりしている暇もない。ヨロヨロと何度も転びそうになりながらも、大量の缶コーヒーを抱えたシャロは帰路を目指した。

 

「で、この大量のコーヒーどうしよう……」
 家に着いたら冷静になった。この量では飲んでも飲まなくとも、千夜は怒るだろう。自分だって、自分に呆れている。お嬢様学校へ通いつつ、バイトで貯めた大切なお金が、憎むべきカフェインへ姿を変えてしまったのだ。
 既にこんな事で悩んでいるのが、鬱状態へ繋がる第一歩でもある。深く考えるとまた欝になる。思考を停止しなければならない。そのためにはどうする? そのためには、カフェインだ。カフェインさえあれば、何も考えずにすむ。
 大丈夫、少量よ。少しなら問題ないはず。お酒だって、適量なら誰だって飲むんだから。
 少量なら、少量なら、少量なら……。自分に言い聞かせるよう、何度も頭のなかで反芻させる。
 少量のコーヒーをカップへ移す。直ぐ様口へと運ぶ。喉を通ったカフェインが、血液に運ばれ、シャロの体中を駆け巡る。大丈夫、もう少しくらい平気よ。またコーヒーをカップへ移す。直ぐ様口へと運ぶ。喉を通ったカフェインが、血液に運ばれ、シャロの体中を駆け巡る。まだまだ酔いそうにもないわね。少量のコーヒーをカップへ移す……。
 何度か繰り返すうちに、意識が朦朧とし始めた。いつの間にか、傍に寄ってきたワイルドギースに気づかず蹴飛ばしている。ウサギなりに彼女を心配していたのかも知れないが、そんな気遣いに今のシャロが気を回せる訳がない。
 大量にあるという事実は、人の認識を狂わせる。「これだけあるんだから、まだまだ飲んでもいいじゃない!」狂ったロボットのように、缶コーヒーを開けてはカップに移し飲む。最早不安なんて彼女の頭にはない。ただ、カフェインを欲する欲望だけが身体を動かす。

「りじぇせんぱい、りじぇせんぱい……」
 なんでじぶんはせんぱいをすきなんだろう。うさぎにおそわれているのをたすけてくれたから? がっこうのみんなのあこがれだから? すぽーつをするうしろすがたがたくましいから? 
「りじぇせんぱい、りじぇせんぱい……」
 たのしかったひびをおもいだす。いっしょにかいとうらぱんごっこをした。いっしょにかいものにいっておそろいのぺんをかった。いっしょにばれえをおどった。いっしょに、いっしょに……。
「あぁ、わたし本気で先輩の事好きなんだ……」
 淀んだ意識で恋愛感情を再確認する。自然と涙が溢れてくる。涙すらカフェインでできているような錯覚を覚える。もっと飲まなきゃ。もっと飲まなきゃ。
「シャロちゃん! また酔っ払って……! まさか、この量全部!?」
 いつの間にか誰かが部屋に居て、自分を怒っている。一体誰だろう? この人は自分のために本気で怒っている。この人は本当に自分を心配してくれている。あぁ、そっか。この人は……────リゼ先輩だ。
「違うのよ! 私はリゼちゃんじゃなくて千夜よ! 思い出して!」
 パンっという音が物置小屋へ響く。驚いたワイルドギースが跳ね、気づくと頬が熱くなっている。あぁ、ビンタされたんだ。私が悪い人間だから注意してくれたんだ。
「優しいんですね、リゼ先輩……」
 よろよろとシャロが千夜に抱きつく。とろんとした丸い瞳で千夜を見つめる。
「馬鹿ね……」
 いつもは「おバカ!」とシャロにツッコまれる役だった。抱き返した彼女のか細い腰には、もうあの頃の元気な姿を感じない。
 ……自分をリゼ先輩だと信じて預けきった身体も、こんなになってまで恋に輝いている瞳も、全部リゼに向けたものだと思うと、居ても立っても居られなくなる。
「私がリゼちゃんだったら良かったのにね……」
「しぇんぱい、どうしたんですかぁ……?」
「ごめんね……ごめんね……。今は私をリゼちゃんだと思っていいからね?」
「しぇんぱい、しゅきでしゅう……」
 幼馴染以上に恋人だと認識してしまったシャロを、千夜が拒める筈なかったのだ。飲めば飲むほど彼女が自分のぬくもりを求めてくる。それは嬉しいことだった。例えそれが、別の女性と重ねているだけであっても。
 気づけば千夜は、シャロに思う存分カフェインを飲ませ続けていた。
「シャロちゃん、今夜は一緒に狂いましょう……?」
「どこまでもついていきますよぅ、しぇんぱい……」

 

 ────初めてカフェインで酔った日、私は自宅でキャンプファイヤーしようとした。
 確かその時も止めたのは千夜だ。ハイテンションになってマッチを持った私を、抱き止めてくれたっけ。
 今でもその事を笑い話として話すけど、確かにあの時の私には家を燃やす明確な理由があった。
 一人だけ街で貧乏な家庭、それなりに裕福な幼馴染との差、勉強に追われる日々、酔った私は全てを終わらせたかったんだ……。全てを……。

 

 

 

 

「あれ? 私、何したんだっけ……」
 気づくと視界一面に燃え盛る赤色が広がっている。……あぁ、やったんだ。あの時、出来なかった事を今やったんだ。
 朦朧とする意識の中、どうにかワイルドギースを見つけて、崩壊した壁の隙間から逃がす。
 この状況だと、もう私のふらついた足だと助からないだろう。鈍った思考の中、それだけは理解できた。ある程度の記憶が戻ってくる。確か案の定激怒した千夜がウチに来たような……。あの子はどこへ消えたのだろう。先に脱出したか、燃やす前から帰っていたのだろうか。炎の中に黒い塊があるように見える。あれが千夜? それとも家の何かが燃えているだけだろうか?
 なにか声が聴こえる気がする。メラメラと燃える炎の先に、人型の影が揺れている。
「シャロ! しっかりしろ、大丈夫か!?」
 あれ? リゼ先輩……? 助けに来てくれたんですか? いや、そんな筈は……。
 あ、そうか。これ千夜だ……。私、ずっとあの子と先輩を間違っていたんだ。
「ほら、おぶってやるからこっちへ来い!」
 ああ、それも違うな……。そっか、この先輩は私の幻だ……。
「シャロ、シャロ! 早く!」
 やっぱり、気づいちゃったから、うっすらと消え始めてきた。さよなら、先輩。本当に大好きでした……。
「シャロ!」
 ああ、先輩がどんどん薄くなっていく。先輩が幻なら、これも夢? そもそも、どこからが夢なんだろう。あぁ熱い、熱い。全部夢だったのかな。そうならいいな。熱い、熱い。あっ先輩全部消えちゃった。熱い、熱い。もう誰も助けに来てくれないのかな。先輩、千夜……。

 

イラスト すいみん(@su1m1n

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