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松屋一夜物語



 

 草木も眠る丑三つ時……を過ぎた早朝4時。この辺りの時間帯が一番松屋の利用客が少ない。

 松屋は朝5時から朝定食というメニューに変わるのだが、これがまた人気が高く、3時や4時過ぎに入店するくらいなら、朝定食が始まる5時まで待った方がいい事を、プロの松屋通い達は知っているからだろう。単純にまだ起きてないだけかも知れない。

 

 僕はそんな人のいない時間帯の松屋が好きだ。早朝特有の街の静寂、滅多に客がこなくて油断している店員、偶に入店してくる仕事終わりのくたびれたおっさん達。飲み帰りの大学生で溢れかえる深夜や、始発前のサラリーマンが朝食を食べに来る朝5時の狭間。この時間に入店する時は、いつも心の中では「オレだけの時間だぜ……!」と7部のDioばりにカッコつけている。

 

 無論この日もそうだった。

 先述した通りこの時間帯に通う客は少ないので、必然的に僕の顔を店員も記憶しているのであろう。中国人の彼は「いらっしゃいませ!」の挨拶の後に僕の顔を確認すると、(あぁまたコイツか……)とでも言いたげな背中を見せ奥に引っ込んだ。申し訳ない。変な時間にご飯作るの怠いんだもん。

 さて、今日も今日とてプレミアム牛めしを注文するため券売機へ向かう。プレミアム牛めしに付属する黒胡椒焙煎七味へ絶品であり、牛めしは勿論、味噌汁に入れても旨味を倍増させる。この黒胡椒焙煎七味がないプレミアム牛めしは、喩えるならパイルダーがオンされていないマジンガーZなのだ。

 しかし、この日は一つ問題があった……。

 

 券売機が混んでいる。

 

 まさか。有り得ない。ご飯時ならまだしも早朝4時に券売機に列ができるのは考えらない。何か理由がある筈だ。白眼ばりに目を見開いて観察すると、どうやら券売機の前に溜まっている集団は大学生の仲良しグループらしい。

 女性が二人に男性が三人。この松屋は大学のすぐ近くなので、恐らくそこの学生たちだろう。あまり松屋慣れしていないのか一人一人の注文が遅い。

 仕方ないので、この5人の2組がカップルだとしたら、余った一人は誰だろうと考察でもしようとしたが、1組が腕を組み合ってイチャついている姿に苛立ったのですぐ辞めた。何も早朝の松屋でイチャつくことないだろ。

 ……別にこの時点ではイチャつくカップルの挙動以外で腹立つ事はなかった。しかし、2.3分経ったのに一向に券売機は空かない。これはおかしいと顔をあげると、先程のカップルの女性側が券売機を前に長考している。

 券売機のメニューを眺め「う~ん、う~ん」とわざとらしく呻く女性。他4人は注文し終えたのか既に席へ座っている。せめて彼氏役の男性は、彼女の注文の手助けをしてあげても罰は当たらないと思うが……。

 女性は延々と悩み続ける。なんと彼女、まだメインとなる牛丼を注文していないのに、先にサイドメニューを表示しているのだ。

 僕は松屋に足を運んだ回数なら同年代に負ける気がしないが、サイドメニューなぞ利用した事はない。そこは余程松屋に慣れた上級者か、お金が余って仕方ない大富豪しか興味ない欄だと考えている(個人の感想です)。せめて後ろに人が並んでいない時に吟味して貰いたい。

 そんなこんなでまた2.3分が経過し、彼女はやっと注文を終えて席へ着いた。実際はもっと短かったかも知れないが、空腹時の1分は数時間に値するのだ。結局注文したのは普通のプレミアム牛めしだけっぽかった。

 僕は彼女が数分悩んだ結果と同じ注文を数秒で選ぶ。彼女が彼氏持ちでなければ、僕のスマートかつ迅速な判断に惚れていただろう。……しかし、彼女は既に彼氏とイチャついて僕なんて眼中になかった。

 

 さて、軽いトラブルがあったモノの漸くいつもの松屋がやってきた。カウンター席へ着席し、中国人の店員に食券を渡す。この時心の中では「マスター、いつもの」とカッコつけているのだが、恐らく向こうは「またコイツ、プレミアム牛めし食べに来たよ……」と内心穏やかではないだろう。社会では時折こういったすれ違いが発生する。

 一難去ってまた一難とはよく言ったモノで(因みに僕はこの諺をプリキュアで覚えました)ここでまたしてもトラブルが生じる。

 

 大学生グループが非常に煩い。

 

 別に集団で来たのだから多少会話があるのは良しとしよう。しかし、奥にテーブル席があるのに関わらず、わざわざカウンター席に集まっているのだ。この時薄々感じていた予感が確信に変わる。この大学生集団は間違いなく松屋初心者だ。図にするとこうなる。

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  僕も友人と松屋へきたらお喋りするので、百歩譲って煩いのは許そう。しかし、目の前で横並びにされると、嫌でもカップルがイチャつく様を見せつけられる。彼氏もまず彼女とイチャつく前に、悩まずに牛丼を注文できる方法を教えてあげて欲しい。

 こうなったら最早プレミアム牛めしの味に集中する他ない。目の前にカップルがイチャついてようが殺人鬼が斧を構えていようが、口に入った牛丼の味は変わらないのだ。

 半分くらい味わった頃だろうか、トレイに見慣れないサービス券が置いてある事に気づく。サービス券の正体は当たればその場で牛丼無料券が貰えるスクラッチだ。大学生たちのサークルメンバーの悪口大会(デブなのにやたら威張っている先輩がいるらしい)も止む気配がないので、ここで一旦スクラッチで運試しして気を紛らわせることにした。

 ここで更に問題が発生する。

 スクラッチを削ろうと財布から10円玉を取り出した事を察知したのか、奥に引っ込んでいる筈の店員がわざわざカウンター前をうろちょろしてめっちゃ見てくる。図にするとこうなる。

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 数億あたる宝くじじゃあるまいし、牛丼一杯貰えるだけのスクラッチがそんな気になるのか。そんな事より奥で休んでたり、食器洗うなりしていた方が絶対時間を無駄にしないのはないか。中国人店員の期待を一身に背負い、僕はスクラッチを勢い良く削った。

 

 結果は……外れた。そもそもそう簡単に当たるわけないのだ。牛丼を食べに来た客にもう一つ牛丼を無料で配っていたら店が潰れてしまう。元より期待なんてしてなかったが、今回は予期せぬ観客が居たので罪悪感すら覚える。顔を上げると店員さんは颯爽と奥へ引っ込んでいた。興味を失うまでが早すぎる。謎を喰った後のネウロか。

 

 そんなこんなで食べ終わりそうになった頃、恐らく仕事を終えた土方のおっちゃんが僕の隣の隣くらいの席へ座った。

 大学生たちは相変わらずデブの先輩の悪口で盛り上がっている。その所為で僕は知りたくもないデブの悪行の数々を聴くハメになったのだが、個人的には威張り散らしたデブよりも、松屋の券売機で3分以上時間をかけるカップルの方が許せなかった。

 僕の食事は終りへ差し掛かる。大学生たちは始発まで居座る気なのか一向に退店する様子がない。何だか不思議な夜だった(正確に言えばもう早朝なのだが)。偶にはこんな日があっても良いかもなと、最後の一粒まで米を平らげると、早々に席を立つ。

 退店する際そっと振り返ると、大学生たちは心底愉しそうに会話と食事に勤しんでいる。恐らく僕が中退した大学の生徒だろう。

 僕だって真面目に通っていれば、今頃彼らと一緒にデブの先輩の悪口で盛り上がっていた世界線が存在した可能性もある。そう思うと何だか憎めなくなった。

 勝手な想像だが、独りで牛丼を食べている隣の隣席に座ったおっさんにもあんな頃が合ったのかも知れない。そう考えると、オールではしゃぐ彼らの姿と若き日の自分を重ねているようにも見える。

 勉強になる夜だった。何だか一皮剥けたように鼻をこすって自動ドアを抜けた瞬間、それは聴こえた。

 

 「うるせぇんだよ、お前ら!!」

 ……おっさんは普通に怒っていた。