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「リゼ先輩の流れ弾で車椅子になったシャロちゃんが千夜ちゃんに介護される話」



 

 

「リゼ先輩の流れ弾で車椅子になったシャロちゃんが千夜ちゃんに介護される話」

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 その日もラビットハウスは朗らかな声に包まれ、可愛らしい店員の一挙一動を眺めているだけで幸せになれる憩いの場として在った。
 最年少にして実質店長役であるチノが焙煎し、指示役であるリゼが出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、新参であるココアが天然の愛想を振りまき客へと運ぶ。その純真な少女達で彩られた素敵な空間は、現代社会で疲れきった大人から見れば、まさに天国と呼んでも過言では無い。
「やっと最後のお客さんも帰ったよ~。チノちゃんモフモフさせて~!」
「ココアさん、抱きつく前にまずキリマンジャロとブルーマウンテンの区別がつくようになってください……」
「まぁまぁ、ココアだって最近は充分使えるようになってきたぞ」
「リゼちゃん、その言い方は棘があるよ~……」
 客のピーク時を越えて、一段落したラビットハウスがココアたちの笑い声に包まれる。こっそり奥で聴いていたタカヒロとティッピーも無言ながら満足そうな表情である。
 ……が、仕込中のため客が来店しない筈のドアが開き、少女達がその無機質な車輪を転がす音に気づいた瞬間、店内の雰囲気は一変した。

──カラカラカラ、カラカラカラ。

 


 開いたドアから登場した和服の大和撫子と、彼女に押された車椅子の金髪少女というアンバランスな組み合わせは、無言のままカウンターまでカラカラと車輪の音だけを響かし近づいた。
 先程まで談笑していた空気などとうに忘れ、無邪気な少女達にも流石に緊張の空気が走る。
 無言。皆が最初に誰かが口を開くのを今か今かと待ち望んでいる中、その静寂を破ったのはリゼだった。
「シャ、シャロに千夜じゃないか! いらっしゃい……」
 普段では想像つかないほど動揺したリゼの台詞を皮切りに、何とか場を取り繕おうとココア達が続く。
「シャロちゃん、千夜ちゃん遅かったね! ……あっ、コーヒー淹れてあげるよ! 何がいいかなっ?」
「あっあの、私が淹れてきますから! 少し待っていて下さい」
 コーヒーを淹れるため奥に消える作戦を取ったチノに、残って話す羽目になったリゼとココアが、チノには後で仕返しをしようとアイコンタクトで会話した。店内に変わらず気まずい空気が張り詰める。次に口を開いたのは千夜と呼ばれた和服姿の女性だった。
「そんなに硬くならなくたっていいのよ? シャロちゃんだってもう気にはしてないわよね?」
「…… …… …… …… …… …… …… …… ……」
 千夜に話し掛けられた車椅子の少女は、僅かに頭を縦に振ったものの、光彩を失った虚ろな瞳は床を見つめ続けている。チノはわざとコーヒー一杯に時間を掛け、奥に引っ込んだまま四人の会話に聞き耳を立てていた。
 元の彼女を知らない人からすれば、精巧な仏蘭西人形とすら思える生気を失った車椅子の少女の姿を見て、決死の想いでリゼが言う。
「そうだシャロ、今日は示談金の話で来たんだよな。勿論ちゃんと用意してきたぞ。それと、もし良かったら治療費以上の金額だって……」
「…… …… …… …… …… …… …… …… ……」
 シャロは無言のままだが確かに一瞬リゼの視線を捉えた。そして数秒の沈黙の後、床を見つめながら静かに語り出した。
「……おか、おかねは、治療費だけで、だいじょうぶです。そんなに、気を使わないで、リゼ、先輩」
「シャロちゃん……」
 車椅子を支える千夜の腕が震えだす。
 隙を見て奥に逃げ込んだココアは、「シャロちゃんにもコーヒー淹れたらカフェイン酔いで走り回るんじゃない?」と耳打ちしたが、「冗談はやめてください」と歳下のチノに本気で呆れられていた。ココアは本気だった。
 


 ──平和だったラビットハウスの関係が崩れたのはあの日、まだシャロが元気に両足で歩いて入店してきた日の午後だった。
 その日、チノに連れられて遊びに来たマヤとメグが、何度も注意されたことを懲りずにリゼのロッカーを漁ってベレッタを取り出し、壁に向かって自分の考えた最高にカッコイイポーズを構えて遊んでいた。
 勿論それを許しておくリゼではない。ロッカールームの異音にすかさず反応し、「コラ! それは素人が扱える物ではない、返せ!」と乗り込んでくる。
 「キャーっ!」とわざとらしい声をあげ逃げ回る二人を捕まえると、自慢の拳銃をリゼが慎重に奪う。軍人の父親を持つ彼女は、その鉄の塊が奪う生命の重さと尊さを誰より知っていた。
 そこに、「リゼ先輩居ますか~?」と呑気にシャロがやってきた。手には自作のクッキーを入れた袋を下げている。きっと、リゼのために放課後居残って作ってきたのであろう。一刻も早く渡したくて店内で待たずにロッカールームまでやってきたのだ。それが何よりの不幸だった。
 その瞬間、リゼの軍人としての本能が働いた。リゼが銃を手にしたのを見て敵が襲ってきたと脳が勘違いしたのだ。戦場では一瞬の躊躇いが命取りになる。気づいた時にはリゼが持っていたベレッタは、凡そ普通の喫茶店から聴こえるはずのない残酷な音を鳴らした。 ……遅れて少女の叫び声。
 不幸中の幸いで既の所で自我を取り戻したリゼは、一瞬で銃口を下げることに成功していた。が、命中は命中。心臓には当たらなかったものの、放たれた銃弾は確かにシャロのか細い左膝を無残に貫いてる。床に赤黒い液体が広がっていく。ラビットハウスとシャロたちの日常が非日常へ塗り変わっていく。
 その後、救急車に運ばれたシャロは入院して車椅子生活。幼馴染で隣に住んでいるという理由で千夜が介護役を引き受けるまで退院できずに居た。
 リゼは謝罪のため何度も病室に足を運び、軍人かつ暴力団である家系の力で事件をもみ消した旨を伝えた。決して保身ではなく、チノ達の店を客が敬遠しない為であった。シャロも力なくそれを承諾した。
 



 今日は、身寄りも貯金もないシャロのためにリゼが用意した治療費を、千夜と二人で受け取りに来たのだ。
 封筒で用意された治療費を受け取ると、シャロはまた千夜が押す車椅子に揺られてラビットハウスを去っていった。ドアが閉まる音に掻き消されそうな程に小さな声で「ご・め・ん・な・さ・い」とシャロの唇が動いた。謝るのは決して彼女の方ではない。解っていてもリゼは声が出せずに見送るほかなかった。事の次第を確認した後、奥からひょっこり現れたココアとチノを睨む。
 結局、千夜のため淹れたコーヒーを出す機会を逃したので、代わりにココアが飲むことになったのだが、自信満々にブルーマウンテンと答えたコーヒーの種類はキリマンジャロだった。
 
 ──カラカラカラ。カラカラカラ。
 シャロの家に車輪の音が木霊する。押しているのは勿論千夜だ。
 不謹慎だが負傷したシャロのお世話をする千夜の姿は嬉しそうに見える。彼女は積極的にシャロの足代わりとなってご飯を用意し、シャロを入浴させ、シャロが眠れるまで傍で頭を撫でた。仮に恋人同士だったとしてもここまで世話は妬かないだろう。彼女の介護の中には決して幼馴染の友情だけではない感情が潜んでいる。
 ラビットハウスではあれだけ怯えていたシャロも、そんな千夜の前では「別に頼んでないしっ」と言いつつもぎこちない笑顔を見せる。
 しかし、千夜はシャロに甘いだけではない。夜になると必ずシャロのリハビリを行った。車椅子から離れて歩き出そうとするシャロ。が、ニ三歩踏み出すと転んでしまう。
 リハビリ初めのころは、余りの無力感と理不尽な災難を嘆き、転びそうな所を支えた千夜の胸の中で泣き出す日もあった。
 自分が依存されていく介護の悦びに恍惚する千夜。歪んだ愛情が産んだ結果ではあるが、日々を重ねる度にシャロの精神は快方に向かい、まだ車椅子こそ必要であれど殆ど健常者と同じ在りし日の彼女の姿を取り戻した。
 
 ある日、シャロがどうしても公園を散歩させて欲しいと言うので、千夜達は車椅子を押して近所の公園までやってきた。
 カラカラカラ。カラカラカラ。最初は憎くて仕方なかった車輪の音も、今のシャロにとってはどこか小気味良い。その姿を見て元気が有り余っている事を確認した千夜も、また浮かれている様子に見える。
 カラカラカラ。カラカラカラ。お日様の下を二人は歩いて行く。
「ねぇシャロちゃん。今度は海に散歩に行くなんてどうかしら。きっと愉しいと思うわ。なんなら水族館とかも行ってみる? 綺麗なお魚を見たらもっと元気になる筈よ」
 カラカラカラ。カラカラカラ。久し振りに陽射しを浴びたシャロが、片手で髪を掻き揚げたお嬢様ポーズで「そんな子供っぽい場所、行きたくないわよっ」と反論する。取り敢えず反抗してみただけで、勿論本心ではない。それを長年の幼馴染として理解している千夜が思わず微笑む。
「そうね、別に海とか行かなくていいから──」
 カラカラカラ。カラカラカラ。

 ──久し振りにリゼ先輩と二人きりで遊びたいなっ。

 思わず、千夜はハンドルを握っていた両手を放した。
 カラカラカラ。カラカラカラ。僅かに下り坂だったため、シャロを乗せた車椅子は一人でに重力に従い続ける。
「ちょっと、千夜! 止めてっ止めて~~!」
 しかし、放心状態の千夜にシャロの声は聴こえない。車椅子はそのまま加速を続け、「にゃんでこうなるのよっ!」と叫ぶシャロごと植えてあった樹へと衝突した。
 その様子を偶然通りかかった買い物帰りのチノが目撃していたが、何だか怖かったので見つからないよう足速に去っていった。

 その日、シャロは初めて自分の腕で車輪を回して帰宅した。数週間振りに一人で過ごすがらんとした部屋の空気が彼女を寂寥感で包む。
 ……千夜、どうしてるだろう。と、昼間の出来事を思い返し、彼女は一つある決意を胸に秘めた。
 それから数日、二人は全く出会わなかった。もう殆ど回復していたシャロには生活の不自由はなかったし、この頃には和解したラビットハウスのメンバーも看病しに来てくれた。
 

 ──後は、千夜だけ。


「ちょっと千夜! いるんでしょ、開けなさいよっ!」
 ある休日の朝、決心をつけたシャロが宇治松家の扉を激しくノックする。初めはシャロに合わせる顔が無いとスルーしようとした千夜も、窓から見えた必死に扉を叩く彼女の姿に観念して扉を開いた。
「千夜、ちょっと公園まで付き合いなさいよっ」
 数日振りの幼馴染相手に、シャロは指を突き立て有無を言わさず命令を下した。戸惑った千夜も気迫に負けて一応彼女に従う態度を示す。
 予想外の展開に呆気にとられた千夜はシャロが車椅子な事を忘れて公園へと向かった。
「……どうせなら押してってよ!」



 カラカラカラ。カラカラカラ。
 千夜に置いて行かれたため、自分で車輪を押して息を切らしたシャロが漸く追いつく。
「……ハァハァ、いい、千代? そのままそこに立ってなさい!」
 七、八歩分距離をとったシャロが、車椅子から起き上がり、よろよろとカフェインで酔った時のように蹌踉めきながらも、確実に千夜に近づいていく。
「シャロちゃん……」
「千夜……が、居ない間も……こうやって、一人で練習……続けてたんだからっ」
 途中で支えようとする千夜を静止させ、精一杯シャロは地面を踏みしめていく。長い時間を掛けて、あと一歩のところまで辿り着く。
 千夜は今にも泣き出しそうな表情でシャロを見守り、必死に足を動かすシャロもまた涙目である。
「千夜が……なんであの日怒ったのか……解らないけど、私だってもう歩けるんだから……ちゃんと幼馴染できるんだからっ……だからきちんと話しなさいよっ!」
 最後の一歩は殆どジャンプだった。言いながら胸に抱きついてきたシャロを、二度と離さないくらいに強く抱きしめる。
 今の二人に迷いはなくなった。



 その日、二人は揃ってラビットハウスへ遊びに行った。ココアもチノも、そしてリゼも元気を取り戻した二人を祝福した。その後は二人で帰宅し、二人で食事を用意して、二人でお風呂へ入り、二人でベッドに横になった。
 脇に置かれた車椅子が、夜風に揺られてカラカラと音を立てる。
 カラカラと、カラカラと。

 

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