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ツイッターで普通の少女がメンヘラ女になっていく話

創作・SS


 

 

 

 初めは、偶然太腿が映っただけだった。
 
 私はただのありふれたアニメアイコンの大学生として、何となくタイムラインを眺めては、身に起こった些細な出来事をツイートする程度に、ツイッターを愉しんでいた。
 私のアイコンのキャラは流行りの女児アニメだ。トップアイドルを目指し、日々輝きを増していく彼女の姿を見ているうちに、憧れに近い感情を抱き、気づけばアイコンとして設定していた。
 私には、80年代の魔法少女アニメのヒロインをアイコンにする程のサブカル知識もなければ、自撮りアイコンで独自の恋愛観を展開できる魅力や経験も持ち合わせていない。ただ同じアニメが好きなオタク寄りのフォロワーと交流ができれば、私のアカウントは満足だ。
 大好きな女児アニメのヒロインは、私のアイコンとしてスマホ越しに、アイドルらしい眩しさに満ちた笑顔を向けてくれる。

 


 ある時、私は買ったアニメのキーホルダーを自慢したくて、ツイッターに写真を貼ろうと思った。そう云えばフォロワーにこのキャラが好きな人居たな、反応してくれれば良いな、とか呑気に考えて。
 ……どうもその画像でキーホルダーを乗せた太腿が目立ったらしく、フォロワーの男性から過剰に反応された。
 偶然だったし、気味が悪かった。男性からの「脚綺麗だね」という性的なリプライは、悦びよりも恐怖に近い感情が湧く。
 が、形はどうであれ反応される事自体は嬉しかった。一人が反応してしまえば、後は餌を見つけた猿のように男が寄ってきた。私はこの時初めて自分が「女」としてタイムラインに認識された事を直感した。


──二度目は偶然ではなかった。


 「女」の自分を覚えた私は、偶然を装い躰の一部分をタイムラインに晒すよになった。飽くまで自然に、ただ写真に塵でも映り込んだかのように胸部や二の腕を切り売りする。下手に性器を弄る快楽を覚えた猿は、一日中狂ったように自慰をすると云う。
 一番効果的なのは、洋服を見せたいという名目で自撮りを投稿することだ。全身のスタイルを出せるし、オシャレアピールまでできるのに、表面上は卑しい承認欲求を感じさせない。周りから見た私は、決して卑しく計算された媚女ではなく、久々に洋服を買って浮かれただけの可愛い少女なのだ。
 勿論、写真はアプリで原型が解らない程にキラキラで白く細く加工する。碌に化粧の知識もない癖に。
 そう言った画像を投稿する度、加速度的にフォロワー数は増していく。八割は男性だろう。誰も彼も、初めは「単に世間話──好きなアニメの話がしたいだけですよ」という体で絡んでくる。
 しかし、私が一度女を押し出した発言をすれば、性欲をむき出しにした鋭い刃物のようなリプライが我先にと真っ直ぐに飛んでくるのだ。私のアイコンの彼女は今日も無邪気に笑っていた。

 


 元々、大学の人達とは講義以上の関係はない。無意識に、空いた時間の大半をツイッターに回すようになっていく。
 自分も単位を簡単に取れる立場ではなかったが、フォローしている底辺界隈の人間にとって留年退学当たり前なので、タイムラインを眺める度に彼らと較べて安堵できる。
 私はここまで酷くない。私は決して負け組ではない。しかし、大半の人間がクズアピールで傷を舐め合う慣れ合いを愉しむだけで、実態はそれなりにまともな人生を歩んでいるピエロだということに、私はまだ気付けなかった。
 

 最近は、どうすれば効果的に構って貰えるかもマスターした。単純明快、人生に絶望した鬱病の振りをし続ければいい。そうすれば、佯狂と解っていても男は絡む。佯狂仲間のメンヘラ女が共感する。自分の全身がインターネットに呑まれ馴染んでいく感触がする。
 初めは似非でも鰯の頭も信心からなのだ。……自分を特別な人間だと思い込む。
 私は、翼をもがれこのSNSへ堕ちた憐れな天使だ。下界の人間は私を助けなければならない。私を崇めなければならない。私は天使なので、一般人でも感じるような些細な孤独や不安でも、それを何倍にも誇張し大げさな文章にする事を神に赦されている。
 譬えば、夜に友達がLINEの返信を無視しただけでも、私はこの世に何も頼るモノがない孤独な人間だとツイートしていい。面倒な時は、「はぁ……」と「死にたい」だけでも充分だ。更に男は寄ってくる。
 彼らからのリプライは日に日に増え始め、「キミを助けたい」なんてDMが来た時は、頭の芯から承認に満たされ、剥き出しにギラついたペニスが、蕩けた私の陰部を淫らに濡らす感覚を味わった。
 リプライが薄い糸のように私を絡めて繭を形成する。お気に入り登録の通知が脳を突き抜け、甘い媚薬となって私を一層感じさせる。繭に閉じ込められた私はいずれ蝶になるのだろう。美しく広大なインターネットの海上を舞う自分を想像した。


 次第に、意味深で鬱々としただけの、フェイクなツイートだけでは物足りなくなった。その事実が何を意味していたかも自覚していたし、ライバルである似非メンヘラ達の所為で、感覚は完全に麻痺している。

──私は生まれて初めて自分で自分の躰を傷つけた。
 切ってみると意外にどうということはない。市販のデザインナイフで切り裂いた傷痕は、一筋の朱い液体を垂らしてそっと開いた。朱は昂奮を助長する色。その色は白い肌のキャンバスに冴える。
 落ち着いて写真に撮って投稿しよう。リストカットなんて女の子なら誰でもやってる。今更怯えることはない。現にフォローしている女共は危ないクスリにだって手を出している。犯罪でない分、全然マシだ。早鐘を打つ心臓を抑えて、呼吸を整えろ。
 ……リストカットの画像の反響は思いの外フォロワーを釣れた。
 誰も彼もが私を心配する。腕すら切れないメンヘラ気取りの女達は私を尊敬する。DM欄に性交目当てのメッセージが飛び交う。承認欲求が爆発する。自傷行為は自慰行為へと変わっていく。
 二桁目のDMが届いた時、私は生まれて初めて触らず達した。


 私を包んだ白くドロドロとした繭が、どんどん膨らんでいくのを感じる。矢張り自傷画像が効いたのだろうか、私の鬱ツイートに貫禄と説得力が付与された気がする。それは、顕著に増えたRT数という数字が証明していた。
 私が適当にネットに転がってる文章を混ぜた中身の無いポエムが、自称女性の理解者であるセックス男や、一切の主体性のない半可通サブカル女たちのアカウントを駆け巡っていく。
 ユーザー名も変更した。「終末思想ちゃん」、試行錯誤してつけた名前がこれだ。
 勿論、私に大層な終末思想なんて持ち合わせていなければ、終末論に関する知識もない。
 しかし、講義で習った程度の倫理を振りかざす大半の知識人気取りなら、充分騙せる程度のハッタリの効いた名前だった。厭世的で、退廃的で、希死念慮を連想させて、「ちゃん」の部分で少女らしさがミックスされる名前。両親がつけてくれた綺麗な意味なんてない、ただインターネットに特化した名前。
 アイコンも合わせてモノクロに加工し、彼女の表情はアイドルを夢見た無垢な笑顔から、人生を憂う俯いた泣き顔になった。もう私のアカウントで彼女が笑うことはないのだろう。



 こうなってくると、私が本物の精神病な錯覚が襲ってくる。関わるフォロワーは全員クスリに頼った生活をしているし、なんなら精神病棟からツイートしている輩も居る。
 皆にとって精神異常はコンテンツ力だ。コンテンツ力はフォロワー数に繋がって、フォロワー数は承認欲求を満たしてくれる。もしかすると、皆も初めはただ鬱だと思い込もうとしていたのかも知れない。
 私も気づかぬうちに鬱病になったのだろうか。日に日にフォロワーは増え「終末思想ちゃん」の名はネットに広がる。対照的に、大学の友達と話す機会は目に見えて減った。

 知り合いにリスカ痕を見せたくなかったし、大学での自分なんて天地がひっくり返っても、偉そうに男女関係について言及し、薄いポエムで恋愛を啓蒙する高尚なキャラではない。次第に大学へ通うことはなくなった。……私の本名を呼ぶ人が、何人残っているのだろう。
 今になって知った話だが、コイツらよりマシだと安心さてくれた底辺フォロワーたちは、全員無事に大学を卒業し、それなりの職場に就職していた。




 いつも通り手首を切って写真に収めてツイートに貼る作業を機械的に行っていると、メンヘラ界隈で有名な男が絡んできた。ツイッターでの女性が姫ならば、彼はメンヘラ女たちからは何でも理解してくれる王子様扱いだ。
 彼のリプライは、私の欝加減に共感する味方を気取った内容で、男性の下卑た厭らしさや精液臭さは感じられない。が、男が純粋な優しさで女に同情する事など有り得ないのも知っている。
 けれど、有名である彼とリプライすると多数の人間の反応がある。何度も私にリプライしてきた男たちは醜く嫉妬し、「あの男と関わるのは避けたほうがいいよ」と敵意剥き出しの忠告をしてくれる。お前たちと関わっても最終的にセックス目当てなのは変わらないだろうに。
 きっと、この人会うことで、私のアカウントの知名度は上がり、更に多くの男性が私を求めて、更に多くの女性が私を羨み畏敬するだろう。ツイッターの頂点に立った自分を想像しているうちに、彼にDMを送ってオフ会の約束をしたのは当然だった。



 彼の第一印象は冴えない大学生。 相手の見た目は良くも悪くもない。普通に生きていれば彼女の一人二人できるだろうと言ったところだ。それは向こうから見た私の印象と同じかも知れない。二人ともツイッター上のキラキラした強烈なキャラとはかけ離れた姿だった。
 彼は流行りのアニメの話をしてくれた。私はただ頷いて聞き手に徹したが、サブカル気取りな彼が語るアニメへの感想は、ネットで仕入れられる耳学問以上の意味を越えることはなかったし、気付かれぬよう私の躰を好色な視線で物色する様からは、決して厭世的なメンヘラを連想する事はできない。
 ……それでも、私はホテルへと誘う彼の手を解くことはできなかった。
 半ば自暴自棄だったし、長らく彼氏が居なかった私にとって、夜泣きする躰を鎮めるいい機会だとも思った。慣れた手つきから推測するに、彼は似たような流れで多くの女性と関係を持ったのであろう。ベッドでの彼の動きは下手ではない。正味、断れなかった一番の理由は、ネット上で偉そうに振る舞う私が、今更セックス一つに抵抗するのはみっともなく思われるという自尊心だった。


──少し前の自分なら、「抱いて」なんて熱っぽい言葉が自分から出るなんて、考えてもみなかっただろうな。
 彼の隆々と反り立つ陰茎が、フォロワーの男たちによって強固に巻かれた私の繭を貫く。



 結果的に言えば、彼との行為は平均的な男女のそれだった。ホテルで別れてふらふらと自室のベットで気絶するように眠った私の、起きて昨晩の出来事を思い返して出てきた感想がまずそれだ。
 それでも、女は寝た相手を好きになるという本能がある。彼との情事を思い出すうちに、段々と惹かれていく感情の存在を自覚した。
 スマホを拾って、彼のタイムラインを覗く。期待はしていなかったが、現実は飽くまで無情である。彼は既に私の事など忘れて多数の女性と交流していた。
 私にとって特別な一夜でも、彼にとっては路傍の石を拾った程度の出来事なのだ。ぎゅっとスマホを抱きしめて、自分の無垢な少女としての終末が脳裏を掠め、泣いた。



 今、私は初めて心の底から「死にたい」と願って手首を切る。私は初めて本心で結んだオリジナルのポエムを綴る。私は初めて自分で経験した歪んだ恋愛事情を語る。出しっ放しのシャワーが私の躰と血を洗い流す。私の血液は手首から逃げるように排水口に流れた。
 きっと、今頃フォロワーたちは私の手首をお気に入り登録しているのだろう。私のポエムをRTしているのだろう。私の恋愛事情に共感する振りをしているのだろう。
 


──インターネットの糸で絡んだ繭は溶け、少女は毒蛾になって飛んでいく。

 

 

承認をめぐる病

承認をめぐる病

 

 

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